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長浜屋台「山ちゃん」
今や全国的に大人気の長浜ラーメン。
その特徴は、コシのある細麺と、なんと言っても麺によく絡む濃い口のとんこつスープである。
また、その歴史は、博多の夜の風景に無くてはならない『屋台』から始まりました。
ではまず、屋台の歴史から辿ってみましょう。
江戸時代中期、経済が発達し、政治的にも安定し、花見・芝居見物など娯楽機会がふえて人々が外食になじみ始めました。
当時、江戸・京都・大阪といった大都市では、天ぷら屋が店先に屋根付きの台を置いて、通行人に天ぷらを食べさせたのが「屋台」の始まりと言われています。なので、初期の屋台は、移動しないものだったのですね。
その後、人の集まる場所へ自由に動けるほうが便利という考えから、店先の台に車を付けて移動するようになり、江戸市内では町毎に3、4軒の屋台が出店するようになりました。
客層はさまざまで、商人や職人、浪人など、誰もが気軽に食事ができる場所でもありました。そして、明治時代に入ると、酒の販売が主流になり、つまみとしておでん、焼きイカ等も売るようになったのです。
現在「長浜」は、多くの企業ビル、倉庫をはじめ漁港、鮮魚市場や数々の飲食店、マンション等が立並ぶ町ですが、かつては遠浅の砂浜で、長浜公園や長浜通りあたりは潮干狩りや海水浴を楽しむ名所でした。
昭和11年に開催された博多築港記念博覧会が、福岡市の経済発展の起因となり、博覧会終了後、長浜町は福岡の新興地として、倉庫や多くの施設が建設されました。
昭和30年には福岡市の大浜から、長浜に魚市場が移転したことをきっかけに、長浜でも屋台が並ぶようになりました。終戦直後の混乱した中、港に近い長浜の地で、新鮮な魚や鯨を材料とした屋台を出し始めたのです。
当時、博多市内には80軒程の屋台があり、そのほとんどはうどんを売っていたようです。博多駅、天神、渡部通りなどで開業していましたが、博多ラーメンの誕生に伴い、ラーメンを売ることが主流となります。これが博多ラーメン屋台の始まりであり、それと共に長浜ラーメンの始まりと言われています。
今では、福岡市内の屋台の数は200軒以上あり、日本全国の大半の屋台の数がここに集中しているといわれています。おなじみの「とんこつラーメン」の屋台もあれば、焼き鳥・天ぷら・おでんの他、鉄板焼き・中華・フレンチ・イタリアンに、ちゃんこ料理・カクテルバーの専門店まで様々で、観光名所になるのも納得ですね。
市民の方達の長浜に対する熱い気持ちがあるからこそ、古くから愛され今もなお沢山の人たちが訪れるのでしょう。
今回は、県外にもファンが多い『長浜屋台やまちゃん』をご紹介します。
『長浜屋台やまちゃん』は、知る人ぞ知る県内外で人気の屋台です。
チャーシュー麺は、全然しつこくないのに深く、味は濃いのにさっぱりしているので、あっという間に食べきってしまうほど、食がすすみます。ラーメンの他におすすめなのがレバ刺と牛サガリ(はらみ)。そして、タンやホルモンは酒の肴にぴったりで、魚介は塩焼きやバター焼きにしてくれます。県内外からリピーターが多く行列が出来るほどですが、並んでも食べてみる価値アリです。
福岡市中央区長浜3丁目 福岡魚市場西門横
090-2097-1785
福岡県中央区舞鶴1-4-31 舞鶴コーポラス1F
092-715-8227
営業時間 18:00-28:00
東京都中央区銀座3丁目11-10 稿本ビル1F
03-5565-1838
営業 : 11:00~26:00、日祝12:00~14:00
定休日 : なし